素晴らしい日本人に聞くシリーズ

第2章 神職として 人として
『神様の後押しで祭儀部長抜擢』


冬の早朝は、宇治橋に霜が降ります

藤原美津子: 上野様のご経歴は、全国の神主様達からも、二度も大役を果たされた大変に素晴らしい方、幸運な方ということで羨望の的だと思いますが、式年遷宮の祭儀部長になられたときのことなどお聞かせいただければと存じます。

上野貞文様: 研修所の所長を五年したときに「祭儀部長をやれ」と。

藤原美津子: いきなりそちらに?

上野貞文様: ええ、所長をしているときに呼ばれて。それは平成三年の二月でした。だから、これは、辞令を頂戴してしまったら、「遷宮をしなくちゃいけない」ということなので、ビビリました。私みたいなのがやれるはずがないと思いましたから。

だけど「やれ」という命令です。一旦命令が出たら、それを受けなかったら辞める他ないのです。


藤原美津子: 「どうですか」じゃなくて「やりなさい」ですものね。

上野貞文様: 命令ですから、否応なしです。いちいち職員のわがままを聞いていてはまとまりませんので。大事なことは祭儀部長を誰にするかということだと思うのです。

藤原美津子: そうだと思います。大切な式典ですし。

上野貞文様: そういうふうに私の方へ白羽の矢が立ったわけです。

だけど、私は四席で、先輩も、主席にはすべて神宮のことを承知している方もいらっしゃるのに、私は受けられないと思いました。先輩に対して申し訳ないですから。

上野様 祭儀部長抜擢

だけど「君がやれ」ということを言われまして、致し方なく受けたわけです。しかし、幸い、祭儀部長になっても、補佐する方が皆協力してくださったのです。

藤原美津子: 上野様ならばきっとそうだと思います。他の宮司様とお話をさせていただくと、「私も、お伊勢さんでご奉仕させていただきたいものです。」というお話を、実はかなりの役付の方からもお聞きするのですね。

ただ、そこでお勤めされるだけじゃなくて、こういう大事な祭儀のときの責任あるお立場ということは、羨望の的でいらっしゃると同時に大変なことなのではないかなと思うのですが。

上野貞文様: 遷宮をするということは、お祭り事だけではなく、全国の組織を作ったり、お金をいただくということだったり、さまざまな準備がございます。その中で祭儀部長というのはお祭り事だけですから。

藤原美津子: それにしても、大変だったでしょう。

上野貞文様: そうですね。確かに大変なことはございます。お祭り事だけと申しましても、御神宝や御装束を新しく作ったりもいたしますし。

藤原美津子: そういうところも全部ご担当されるのですか。

上野貞文様: はい、神宝装束というのは、装束部があって、そこで担当いたしますが、私はそこの部長も兼ねてしておりましたから、お祭り事だけではないのですけど、しかし、究極のところはお祭り事だけです。

外部との折衝などは、総務とか調度とかそういう担当がやり、神宮として総合的にやっていくわけだから、私に限らず総て大変なことです。

だけど、神様をお移し申し上げるという神事が一番中心ですから、そこの責任を持つということは、光栄ではあるけれど、お受けするまでは随分悩みましたよね。

藤原美津子: 神主さんとして長年奉職されていても、そうした大祭に立ち会うことができるのはごく一握りの方。ご苦労も多い半面、大変な幸運だとお聞きしています。

上野貞文様: そうですね。禰宜になれたのも幸運だったけれど、祭儀部長に、というのはさらなる幸運でした。上から四番目の私が――単に四番目だからということだけではなくて、一番上の主席に、お祭り事に関してはすべて精通していた人がいらっしゃるのに、という事情がありましたから。

それが、私の方に命が下ったので、「あの方がいらっしゃるのに私が受けられるはずがないじゃないですか」と宮司に申し上げたのですけど、「君がやりなさい」と。


おはらい町へ向かう途中にある地下道の内宮おかげ参道に門脇俊一氏の屏風絵


赤副会長の浜田益嗣氏のご寄贈

その後、遷宮が終わって二ヶ月位したときに、たまたま朝一緒にお参りしたときにある霊能者の人が私に漏らされたのです。「トップの方は、智識はあったが真心がなかった。所謂敬神の気持ち、神様を畏れ敬う心、畏敬の念が欠けておった。だから、上野に今回頼んだのだ」と、神様がおっしゃっていたと。私はそんなことは神様がおっしゃるはずないと思って聞き流していたのです。そうしたら三年位たった頃に、「あのとき言ったことは、本当に神様がおっしゃられたのだからね」と、再度おっしゃったのです。


|3| 567

ページトップへ