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素晴らしい日本人に聞くシリーズ

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第二章 ② 所以(ゆえ)あって歪む


(タカオ・セルフケア・メゾットにて受講者に指導される高尾先生)

高尾院長:人は傷みとか、何か機能不全部分があると、自分が劣っているのだ、だから鍛えなければいけない、薬を飲まなければいけない、何かしなければいけない、とマイナスとして考えがちです。

しかし東洋医学では生まれた時にすでに満たされていると考えます。現在生きていらっしゃるどなたも、40数億年の淘汰の果てにある非常に優秀な、洗練を極めた生き物なのです。

どなたも本来、満点で存在しているのです。ですから、修正すれば持っている力(命)が発揮されるのです。

「命」の中には神様、仏様がいらっしゃいます。しかし何かの所以(ゆえ)があって、その形とずれているわけです。

だから、それを「こちらにずれています」とお伝えするのが私のメソッドです。

藤原:命の中の本来の形に戻せば、人の身体の歪みも正されるということでしょうか?

それは施術される高尾先生だけでなく、受ける方も「本来ある命の形に戻そう!」と思われると大きな力になりますね。

高尾院長:そうですね。私のところに「お任せします! 治ると聞いたから来ました。

痛むのが取れると聞いたから来ました」と施術にいらした方には、「そんなことできません。私は医師ではないのですから手術もできないし、薬も出せません。

完治させるのは無理です」とお答えします。

私が出来るのは、「あなたはこういう感じでこうなっているが、きっとこれは所以(ゆえ)あってのことでしょう。何か必要があってそうなっています」
とお伝えすることだけです。

藤原:何か実例としてお聞かせ頂けますか?

高尾院長:例えば、ボタロー管開存症で手術をされた方ですね。

ボタロー管開存症というのは、赤ちゃんは生まれて肺呼吸を始めると、それまで必要だった菅が自然に閉じるのですが、その閉じるべきボタロー管が開いたままの症状で、
そのままにしますと肺や心臓に負担がかかります。

その方は16歳の時に手術をされていました。心臓を手術されていますから、その部分をかばい、守るように身体は成長していくことになります。

つまり、上半身の左側を守る右側は、肩を前に出した防御姿勢で常に緊張状態。更に成長期はずっと運動をしていないので、下半身が育っておらず、特に左が弱化。という形で歪んでしまったのでした。

こういう出来事というのはみなさん誰もが持っているのです。みなさんの体に、それぞれのストーリーがあります。

先日も、機能障害ではないのですが、弱っていて立ち上がれないという40代の方がいらっしゃいました。どの病院へ行っても自律神経失調症だと言われてしまう。

仕事へ行ってもすぐに帰るはめになり、やる気はあるのに体が動かないというのです。

その方は、血液循環を司る左側に問題があったのです。だから、血液が循環せず体が冷えるし、エネルギーが行き渡らない。

「左半身に何かありましたか?」と私が訊くと、19歳の時に交通事故に遭った、と。「手術はしないで、一ヶ月くらいの入院ですんだ」と本人はおっしゃいました。

しかし、手術しない程度であっても、その事故の侵襲に対して体は必死に命を守ったのです。大変な侵襲に対して物凄く守ったのです。

事故以降ご本人の意識の方では、それで済んだと次第に記憶も薄れていくのですが、体はそれ以降もずっとその人のために全力を尽くして守り続けてきているのです。

この方の場合、事故以降の侵襲に対する防御姿勢が左の頚椎をずらしたままにしていました。この歪みは命を守るために体が良かれと思って守っているのです。

ですから、誰かが「もう守らなくても良いのだ」と教えてあげて歪みを自ら解き、正体に戻さなくてはいけません。私は「もう守らなくと良い」と体に分かってもらいたいし、本人には体を理解してあげて、と言いたい。

本来は私たちには脈々と受け継いできた素晴らしい「命」があります(それを神様とも、仏様とも言うのでしょう。)

ですから、そこに向かって訂正していく。つまり、正体(せいたい)に戻すのです。私はそのお手伝いをしているのです。

先ほどの交通事故の場合もそうなのですが、みなさん、そんな昔のことが現在の障害の出発点になっているとは思わないものなのです。

藤原:そうでしょうね。私も4歳の時にブランコから落ちて頭を打ったことがあります。

それもまだ身体は記憶しているということなのでしょうか?

高尾院長:藤原先生も残っていますね。頭の一部がぽこっと出ています。

体は良かれと思って、防御姿勢で硬直させ、その人を守り、育て上げようとしてくれているわけです。

誰もが一生にうちにやりたいことがあるはずだから、そのためには体が必要です。どのような表現にも体が必要なのです。

ですからある意味、「命」とは「体」です。

藤原:「体」という「器」ですね。

高尾院長:そうですね、この「器」が無ければ表現することができない。

ですから、「体」という「器」は非常に大切だと思うのです。


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