素晴らしい日本人に聞くシリーズ

二千五百年受け継がれてきた仏教の心を語る

撮影:谷 亮磨
薬師寺 新管主 村上太胤様 プロフィール

法相宗大本山 薬師寺管主
薬師寺岐阜別院住職
企業の研修講師や、各新聞社のカルチャーセンターの講師なども勤める一方、龍谷大学の客員教授として校友会長も勤める。平城遷都千三百年の際には広報活動として、フランスでの声明公演や、イギリス大英博物館などでの講演など、「まほろば奈良」の顕彰に努める。玄奘三蔵の足跡を訪ねて、毎年インドや中国・中央アジアの巡礼を行っている。著書に『転』(JDC刊)、『東京原宿辻説法』(佼成出版刊)、『薬師寺』共著(里文出版刊)、『佛教のエッセンス「般若心経」』(四季社刊)、『かたよらない こだわらない とらわれない 般若心経の力』(講談社)など。

第一章 『日本人は神様と仏様に見守られている』

藤原美津子: 村上太胤むらかみ たいいん先生は、昨年(二千十六年)の十一月二十日に新管主になられました。あらためておめでとうございます。

晋山式しんざんしきには、私も参列させて頂きましたが、全国から三千人を超える方たちがお祝いに駆けつけておられ、薬師寺様の伝統と村上先生の厳しい中にも暖かいお人柄が会場一杯に広がる素晴らしいお式でした。

村上太胤管主: ありがとうございます。

藤原: 村上先生とは何度か伊勢神宮でお目にかかったこともあり、神仏共にとても大切になさっておられると伺いました。

村上管主: 奈良では、まず神様を大事にします。薬師寺は法相宗という宗派ですが、法相宗の守護神は春日大社です。

薬師寺では金堂の上にしめ縄が飾ってありますし、門前の八幡様は今でも薬師寺が管理しています。東大寺のお水取りでは神事がおこなわれます。ですから奈良では今でも、神社とお寺の人たちが一緒に集まって勉強会を開くことも多いのです。

(金堂の上のしめ縄を見上げて)
(金堂の上のしめ縄を見上げて)

藤原: そうなのですか。
以前は、神社の中にお寺があったり、お寺の中に神社があるのは当たり前だったそうですが、現在はそういう実感のない方が多いと思います。奈良の地に今も息づく、神様と仏様が共に私たちを守って下さるというお話、何か日本人として嬉しくなります。

村上管主: 今のように神様と仏様が別になったのは、明治維新で神仏分離令が出され、廃仏毀釈で多くの仏教施設が壊されたからです。奈良の神社のお堂のほとんども壊されてしまいました。しかし奈良のお寺では神仏習合のまま、今日まで千何百年も儀式や交流が続いています。

それは神様や仏様に見守られているという本来の日本人の心、精神文化によるのではないかと思います。そのような歴史や伝統というものに裏付けされた日本人の宗教心が、今また見直されてきているのではないでしょうか。

藤原: 国際化時代だからこそ、原点回帰といいますか、「神仏に見守られているという本来の日本人の心」が大事なのですね。

薬師寺様は、天皇様の発願で建てられ、その時代に日本の歴史にとって大切な骨格が造られたと伺いました。村上先生は歴史に学ぶこと、先人が積み重ねてきたことの大事さをよくお話し下さいますが、あらためてお伺いできますでしょうか。

村上管主: 薬師寺は、天武天皇と持統天皇の時代に造られました。天武天皇が皇后の病平癒のために薬師寺の建立を発願されました。皇后の病気がどのようなものであったかは伝えられていませんが、大きなお寺を建立してまで平癒を祈願しなければならないほどの大病だったのではないでしょうか。

薬師如来のご利益によって、皇后の病気は癒えたのですが、今度は天武天皇が病に倒れて、薬師寺の完成を見ないまま、六八六年に崩御されてしまいました。

天武天皇亡き後、皇后が持統天皇として即位され、天武天皇の意志を継いで薬師寺の造営を続けるのです。

薬師寺が造られ、天照大御神様が伊勢神宮に祀られたのはともに、天武天皇と持統天皇が統治されていたころで、日本の歴史では白鳳時代に属します。この時代に天照大御神様が日本の神様の中心であることが周知されました。

神様も仏様も共に大事に祀るという日本人の精神の形、宗教の骨格とも言うべきものをつくられたのが天武天皇と持統天皇なのです。

神様と仏様に見守られるという安心感は、日本人の心の根幹、精神文化の依り所として、今に伝えられています。

藤原: ありがとうございます。学校で学んだまま、生かされていなかった日本の歴史に息吹を吹き込んで頂いた気が致します。

村上管主: 天武天皇は、母親である斉明天皇の追善のために、川原寺で『一切経』を書写をなさっておられます。同時に六八五年、諸国の家ごとに仏舎を安置するという決まりを作りました。これが仏壇のはじまりだと考えられており、千三百年後の今も、日本の家庭に引き継がれています。

藤原: お仏壇のはじまり、はじめて伺いました。日本人が千三百年続けて守ってきたことを、今、ここで捨ててしまうのはあまりにももったいないことだと思います。これからも引き継いで行くことが大切ですね。

村上管主: そうです。そしてこれは家庭でないと育てられないのです。


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