対談 Takao Self-Care Method 主宰 高尾整骨院院長 高尾良子様  第一章 - 蘇れ日本人の会

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素晴らしい日本人に聞くシリーズ

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天命と共に生き切る

高尾良子様
(Takao Self-Care Method 主宰、高尾整骨院院長、柔道整復師) プロフィール

Takao Self-Care Method 主宰
柔道整復師。髙尾整骨院 院長。
神奈川県横浜市生まれ。
中央大学文学部哲学科心理学(現、教育学科心理学コース)卒業。
企画・ 編集・ デザイン会社現在有限会社スタジオ・カズ 代表取締役社長。
2002年 『セルフケア・メソッド毎日元気』発足。2010年 大和教室、横浜教室、東京教室、日本橋三越カルチャーの4箇所に拡大。更に充実したメソッドを目指し『Takao Self-care Method(タカオ セルフケア メソッド)』に改名。2013年 髙尾整骨院開設(大和本院、白金分院)

第一章 14才で、死と向き合う

藤原美津子: 私は、「高尾先生の考え方、生き方」に惚れたというと変かもしれませんが、

先生がひたむきに命の声を聞いているお姿にとても感動しています。

ほとんど取材を受けておられないとお聞きしている中で、今日は特別にお時間を頂きありがとうございます。

高尾先生は
「私は天命として今の仕事をしています。

そして、やるだけのことをやり切って果てたいと思います」
といわれました。こういう生き方こそが、人として最高な生き方ではないかと思いました。

本日は、その辺りのお話をじっくり聞かせていただけたら、と思います。

高尾良子様:ちょうど昨日、世界に冠たる企業の会長を務める方が施術を受けにいらして、まさにそういうお話をしたばかりなのです。

私は、自分の運命の通りに、自然に生きていると思っています。そのきっかけになった出来事をお話します。

私は男女の双子で生まれました。私が姉、双子の相手が弟です。

その弟が14歳の時に柔道の受け身に失敗し、脳出血を起こしました。

意識不明の状態から、意識を取り戻し、最終的には片麻痺、高次脳機能障害となりました。

その事故を境に弟は全く別人になりましたし、その日以来、私たち家族の生活も変わりました。

母は弟が救急入院した病院から移った湯河原のリハビリ病院に付き添って、結局、1年以上家に居りませんでした。

弟の変わった姿……、ああ人間は一瞬にしてこんな風になってしまうんだと強く思ったことを覚えています。

私は14歳のその時に生と死に直面したのだと思います。

本当だったら、14、5歳の頃は女の子なら夢を膨らませている時期だと思います。

ところが、私はその時期に「生と死」を見てしまいました。

息子がよく私のことを「醒めている」と指摘するのですが、若い時に命の限界や儚さ、運命を見せつけられたからでしょうか。

あの時から、私には「死」がものすごく間近にあるのです。

弟の事故以来、家族は絆が強くなりました。


(右から高尾良子様と当会会長 藤原美津子)

藤原:本来、10代の頃は「死」は遠い世界であり、想像すらしない世界ですね。

高尾院長:弟の介護生活で、今でもよく覚えているのが、弟と母が家に向かって坂を上ってくる時のことです。

私も近づいて助けてあげればよかったのに近づけなかった。恥ずかしくて……。

私も姉も、兄弟たちもみんなそういったことによって嫌でも現実と向き合い、大人になっていきました。

母はずっと弟に付き添っていました。

つまり、姉や私にとっては母が一番必要だった時期に母がいなかったわけです。

姉と私が体の弱い祖母を手伝い、家事をしました。勉強しながら食事を作り、家事をやり、遊ぶ暇はありませんでした。

14~15歳で一挙に大人になったという感じでした。

そしてその思春期に、私は摂食障害にもなったのです。

私も姉も寂しさがゆえにどんどん食べてしまい、異常に食べる癖がついてしまいました。

食のコントロールと体型には、15歳から結婚する30歳手前まですごく苦しみました。

身体がそのように揺れ動けば、心はますます揺れ動きます。もともとは、摂食障害とは心の病なのですから。

藤原:たしかに、心が満たされていれば、拒食症や過食症にはならないですね。

10代で命に向き合うのは、やはり大変なことです。

私が15才の時に、母が乳がんの手術をしました。

母ひとり、子ひとりだったので、母はここで死ぬわけにいかないと思ったのでしょう。

「私は、身体の一部を切り落としでも生きる。今、おまえひとりを残して死ぬわけにいかない」といって、手術室に入っていきました。

あのときの扉が閉まるときの場面は今でも覚えています。

それをきっかけに大学受験を断念して、高校卒業後は就職の道を選びました。

母は私が大学に行けば、卒業までは…と命をすりつぶしても頑張るだろう。

でもそれをさせるわけにはいかないと思ったからです。

当時、過食症にはなりませんでしたが、胃が弱くすぐに胃痛を起こしていました。

でも高尾先生の方が、はるかに大変な経験をされていたのですね。

高尾院長:私は今62歳ですが、15、16歳で始まった摂食障害がまだ糸をひいています。

みなさんは今の私を見て「細い」とおっしゃいますが、ぜんぜん自分ではそれが分からないのです。

自分を客観的に見られない。だから、下手をすると食事が狂ってしまう。心がそのようになってしまっているのです。

藤原:ご自身で体験されたからこそ、人が心と身体のバランスを崩していることや、 それがどう身体に表れているのかなどが、瞬時に、それも的確に捉えられるのではないでしょうか。


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